乳児院とは児童福祉法に基づいて、保護者の養育を受けられない乳幼児を養育する児童福祉施設です。
乳児院では、様々な事情によって家庭で暮らすことのできない乳幼児をお預かりし、子どもの権利擁護を基軸に据えて、一人ひとりの成長と安心を大切にしながら養育をおこなっています。
そして、保育士や看護師、心理士、支援員などの様々な専門職がチームとなり、子ども一人ひとりの思いや発達段階を大切にしながら、きめ細かなケアを提供しています。
さらに、医療的ケアや発達面など特別な配慮が必要な子どもについても、それぞれの状況に応じた支援体制を整え、安心して過ごせるよう努めています。
また、入所中の養育に加え、家庭復帰や里親・養子縁組、その後の生活までを見据えて、保護者や関係機関と連携しながら継続的な家族支援を行うことも乳児院の大切な活動になっています。
このように、乳幼児期の専門養育と、里親支援や地域の子育て支援にも積極的に取り組み、地域社会の中で子どもと家庭を温かく支える役割を担っています。
理念・基本方針・養育方針
2020年9月、5階建ての新しい乳児院が誕生しました。子どもの愛着形成に配慮した、より家庭的な環境での養育の実現に向けて、乳幼児4~6人単位での「小規模グループケア体制」を導入しました。
施設内に“わたしのおうち”が出来て、子どもたちは安心できる住まいと養育者のなかで成長していきます。そして、地域に帰ったあとも当院は継続的な支援を行います。10年、20年、30年後もずっとここに“わたしのおうち”として在り続けたいと考えています。
理念
「済生の精神」に基づいた思いやりのある養育の提供を通じて社会に貢献します。
(「済生の精神」とは、分け隔てなくあらゆる人々に医療・福祉の手を差し伸べることです)
基本方針
子どもニーズ 子どもファースト
私たちは常に子どものことを第一に考え、子どもの目線に立ち、子どもの気持ちの代弁者として実践し、
一人ひとりの子どもの最善の利益を追求していきます。
- 子どもが安心できる環境の中で、個性を尊重し、愛情を注いで養育します。
- 愛着関係を大切にし、情緒豊かな子どもに育てます。
- 感動や成功体験を通じ、自立心を養っていきます。
- 子どもの成長の喜びを保護者と共有し、親子関係を大切にしながら養育します。
- 乳児院職員として、向上心や探究心を持ち、人間性・専門性を高めていきます。
養育方針
安心して生活できる環境の中で、
人との関わり合いや信頼関係を大切にしながら、
一人ひとり丁寧に愛情を注ぎ養育していきます。
病院との連携を図り健康管理や発達の支援をきめ細かに行います。
一人ひとりの個性を大切にしながら、成長の変化を見逃さず、
ご家族と共に成長の喜びを共有しています。
起源と沿革
附属乳児院は、大正12年9月1日に発生した関東大震災での震災孤児救護のため、当時、済生会医務主管だった北里柴三郎が事業を開始したことを起源にもちます。
北里柴三郎が事業を開始した「恩賜財団済生会臨時赤羽乳児院」は、大正13年1月26日に「恩賜財団済生会赤羽乳児院」としてわが国初の乳児院として開院し、その後の変遷を経て、昭和25年4月からは「東京都済生会中央病院附属乳児院」として運営されています。
- 大正13年1月26日
- 済生会赤羽乳児院開院、定員105名
- 昭和6年12月1日
- 地下1階、地上3階の鉄筋コンクリート造り、延床面積987坪の近代的建物が完成
- 昭和23年6月
- 児童福祉施設、済生会乳児院として設置許可
- 昭和25年4月
- 東京都済生会中央病院附属乳児院と改称
- 昭和45年10月
- 乳児院改築、鉄骨造り2階建、定員35名
- 平成25年9月10日
- 総裁秋篠宮殿下御来院
- 令和2年9月
- 新乳児院棟竣工
- 令和5年9月4日
- 総裁秋篠宮皇嗣殿下御来院
昭和6年12月1日、赤羽乳児院・附属産院新築移転
昭和45年10月、乳児院改築 鉄骨2階建てになる
令和2年9月、新乳児院棟竣工
令和5年9月4日、総裁秋篠宮殿下御来院 居室にて
令和5年9月4日、総裁秋篠宮殿下御来院
中央病院附属乳児院は1924(大正13)年、
その前年の関東大震災によって被災した妊産婦と乳幼児の収容施設として開院した赤羽乳児院に始まります。
済生会の乳児院の歴史は日本の乳児院の歴史そのものであり、
時代の流れとともに移りゆく乳児院の変遷を年表形式でご覧いただけます。




